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摩訶大大将棋は、何故216枚制にしなかったのか(長さん)

前に後期大将棋が130枚なのは、摩訶大大将棋が192枚制
である事から来る、盤升目の比を考慮した計算結果であるとの
説を述べた。そこで、今回今度は、その摩訶大大将棋の駒の数
を、論題にする。
 本ブログによれば、普通唱導集の大将棋の駒数は108枚で
あるとされる。これは仏教、とりわけ密教系の曼荼羅思想とか
らんで、煩悩の数に合わせたものともとれる。が、108が除
夜の鐘の撞き数で有る事からも明らかなように、暦とも関連が
ある数である。すなわち108という数は、6煩悩6条件の
36の、過去現在未来の3倍という、仏教の教義と直接関連す
る数と見られる事もあれば、12ヶ月+24節気+72候の
108と見られる事もあるからである。
 よって、本ブログの論である、摩訶大大将棋の駒数も、表題
のように、24節気+72候の96枚の倍でもよいのだが、
12月+24節気+72候の108の2倍の216枚であって
は、ならないという、積極的な理由は、無いと言う事になる。
 しかしながら、実際には108の倍の216という数は、
19升目の摩訶大大将棋では、駒の数としては何故か、採用さ
れなかった。これがいったい、どういう理由によるものなのか
を、今回の論題という事にしたい。
 答えをいつものように先に書き、その後で説明を加える。
 本ブログの、この論題に関する回答は、以下の通りである。

216枚制にすると、空き升目列が1段だけになり、中将棋が、
摩訶大大将棋作成の手本である事がバレるためである。すなわ
ち、後期大将棋から、摩訶大大将棋が出来たかのように見せか
けるのには192枚制にして、袖の市松模様を3段にするしか、
道が無かった

と考えられる。
 では以下に、以上の結論について、説明を加える。
 大阪電気通信大学の高見友幸氏は、摩訶大大将棋より、後期
大将棋が形成されたと、繰り返し述べられているが、

この考えに、本ブログは賛同していない。”ほぼ同時に形成され
た”という旨の考えを、本ブログでは前に表明している。が、

何歩か譲って、高見氏の意見が仮に正しかったとしても、

摩訶大大将棋の作者が、摩訶大大将棋が後期大将棋から形成さ
れたように、見せかけようとしている事だけは、間違いない

と、私は考えている。根拠は、

この将棋を摩訶大将棋とか、摩訶大大将棋とかいう名称で普及
しようとしている

という点を述べるだけで、充分であると私は思っている。その
点で、似たような主旨の主張をしている、幸田露伴の考えに、
私は賛成する。
 ところで、仮に摩訶大大将棋を216枚制にしようとすると、
19升目の1/3が6に近いので、6段制は必然であると考え
るが、単純にそう仮定すると、以下の問題が発生する。

三段目の獅子列以外に、空き升目を作れなくなる。

つまり、1列のみに、点々と空き升目があるだけの、大大将棋
型の配列になるという事である。ところがこうすると、
摩訶大大将棋が、大将棋を親とするようには見えないため、そ
れを避けるためには、

後期大将棋を、1段だけ空の升目のある、138枚制にしない
とつりあわない

事になる。2段空升目が、市松模様に付いている後期大将棋か
らは、その拡大版としては、3段市松模様で空升目がある、
将棋が相応しいから、空升目は後期大将棋についても、酔象・
盲虎の段には作らないように、別の駒種を移動するなどして、
埋める必要が生じるのである。なお、

中将棋が92枚制、後期大将棋が138枚制、摩訶大大将棋が
216枚制になっても、前に述べた後期大将棋の、両側の将棋
に対する、中間種としての、駒数の尤もらしさは、元の、
中将棋が92枚制、後期大将棋が130枚制、摩訶大大将棋が
192枚制と同様、満たしている

と私は見る。ところが、このように後期大将棋の空升目列を、
獅子段の1段だけにすると、今度は

後期大将棋の親が、中将棋であるかのように見えてしまう

のである。何故なら、中将棋も後期大将棋も、摩訶大大将棋も
全部空升目が1段だけに並び、大大将棋と似たような形になる

からである。
 これでは

後期大将棋が、全ての祖であると見せかける

のには、やはりまずい。蛇足だがそうしなくても”後期大将棋
は、中将棋が親ではないかと、普通唱導集の大将棋唄が注目さ
れるまでは、遊戯史界では考えられていた。”と、木村義徳氏
著書、”持駒使用の謎”に、記載されている。私に言わせると、
最初の直感の方が、より真理に近かったという例の、一つでは
ないかと疑っている。
 何れにしてもそこで、空升目の段数を、中将棋は1段だけ、
後期大将棋は2段、摩訶大大将棋は3段にして、

後期大将棋から、工夫して、中将棋と摩訶大大将棋が出来た
かのように、見せかける必要があった

と私は考える。
 なお、実を言うと、後期大将棋が138枚制、摩訶大大将棋
が216枚制という将棋は、

どちらも、良いゲームを作り易い枚数である

事が判っている。4段目の駒を、袖まで中央並みに強くして、
オフェンスをより、強くしたほうが、ゲームバランスが、現行
の後期大将棋や、摩訶大大将棋よりも、良好なのが判っている
からである。
 従って、現代社会のゲームデザイナーは、上に述べたような、
合理的でない小細工は、まずやらないだろう。

後期大将棋へ、西暦1110年から摂関貴族の長の、肝いりで
存在する、平安大将棋に、何か深い関連が有りそうな、ネーミ
ングを付与した結果、摩訶大大将棋に関して、ゲームとしての
性能よりも、形が優先されるという

合理性に欠けた事情が、南北朝時代から室町時代の前期にかけ
ては、あったと言うのが、本ブログの推論である。
 以上の結果、19升目の摩訶大大将棋では、

”尤もらしく、3段組の市松模様の、袖の空き升目を作るため
に、216枚制ではなくて、192枚制に作られた。”と、

以上のように、少なくとも本ブログでは推定している、という
事になるのである。(2018/10/20)

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