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東京都葛飾区郷土と天文の博物館、考古資料の公開(長さん)

2019年は5月26日一日だけだったが、東京都の
葛飾区白鳥にある、葛飾区郷土と天文の博物館にて、”
葛飾区内で発掘された考古資料の公開”と称する行事
が行われた。
日曜日だったので、遺物に近所の

子供が、整理番号を書き込んでいる光景が目撃

された。
 以上が、だいたいの結末だが、以下に説明を加える。
 出土した”考古資料”と宣伝されたものは実際には、
葛西城遺跡にて、かなり前に出土した物のうち、ポリ
エチレン袋の中に保管放置されていたB級品と、少な
くとも、私には見えるものであった。葛飾区民が総出
で資料作成をしている工程を、博物館の来場者へ見学
させるのが、ほぼ内容という主旨のようだ。よって、
木製品の割合が、8割方と多いが、城で使われていた、
”折敷き”と言われるスノコの仲間から、廃棄後発生
した、多数の細かい木の破片が、井戸に捨てられてい
たものが、開示品の大部分であった。

当然だが墨書が有る等、意味が判る史料は見当たら無

かった。その他少数ながら、円形の食膳用の木のフタ
の一部と見られるものがあった。ごく一部が展示され、
箸とかなり大型の、木製の御椀が別にケースに入れて
入り口にあった。
 係りに聞くと”墨書ものとしては、葛西城では木簡
の類だけだ”と、間違った解説が有った。約43年前
に出土して話題の”金将・銀将駒”の事は、現地・
葛飾区郷土と天文の博物館では今や、すっかり忘れ去
られた存在になっているらしかった。この博物館の、
常設展示品にも、かつてはケースに入って展示されて
いた2枚の将棋駒は、今回訪問したときには、私には
見当たら無かった。ちなみに昔は確か、レプリカが
展示されてあったと思う。確かにその後、滋賀県の
観音寺城下町遺跡の、ここと類似の戦国時代駒が出土
してはいる。しかし追加の情報は、ほぼそれだけであ
り、時間の経過で、ここの将棋駒遺物の価値が、相対
的に低下したといっても、その程度である。それが、
まるで、将棋駒の遺物などありきたりであるかのよう
な空気が、ここ葛飾区郷土と天文の博物館ではたぶん、
今世紀に入って、急速に蔓延してしまったのであろう。
 ここの将棋駒の境遇を見ると、これはいわゆる、

風評被害の一種

ではないかと、私には疑われる。
 なお、葛西城は完全に宅地化したので、本当の現地
に、将棋駒が移動した可能性は、たぶん無いと思われる。
ちなみに図書のコーナーに、発掘報告書類が有った。
が将棋駒は、成書の葛西城紹介書だけに、確かに載っ
ているのを私は確認した。報告書は分冊が多く将棋駒
はどこかに、写真が有るのかもしれないが、記載され
た場所が、私には良く判らなかった。
 説明を聞いた限りでは、将棋駒が葛西城で出土した
後は、墨書木簡が2~3枚出ただけで、木簡等の枚数
は少なく、字の有る史料が発掘で、大量に出てくると
いう事は、葛西城に関しては、1980年以降は余り
無かったようだ。
 なお次回は、西暦2020年1月に同様のイベント
をするとの事だそうだ。(2019/05/28)

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