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汚れた歩兵駒は、”成り飛車金将カ”説の亡霊(長さん)

神奈川県鎌倉市の鎌倉鶴岡八幡宮境内遺跡より、
西暦1980年春頃に、wikipediaの、
”大将棋”の項目に一部出てくるように、5枚
の、後期大将棋の駒に分類できる駒を含む、
将棋駒が出土している。典型中将棋の駒と、
成書ではしばしば記載されているが、このケー
スは、

wikipediaでの紹介が正当だと、
本ブログでは見る。

つまり、不成りの香車と成り楷書奔王鳳凰、
不成り歩兵の3枚は、

公平に見て、後期大将棋の駒のように見え、
少なくとも、典型的な中将棋の駒では無い

と、本ブログの管理人には判断される。
”と金”成り歩兵駒と、本ブログが以下に、事
実認識を表記するように、裏がどうなっている
のか

”実体不明”の歩兵駒

の2枚は、前者が小将棋の駒、後者も恐らく小
将棋の駒の疑いが強いと思われる。本論では、
この5番目の、本ブログが、裏面の実体の不明
と認識する、汚れた歩兵駒が、
成り飛車金口駒(?)と紹介されている文献は、
今小路西鎌倉市福祉センター中将棋木札が、確
認されている現時点で、

そのような文献が存在している事自体が目障り

であると結論する論を、以下記載する事にする。
 では以下に、汚れた歩兵駒に関する事実認識
から、そう結論される経過について、もう少し
詳しく述べる事にする。
 本論で、汚れた歩兵駒と呼んでいるのは、よ
く知られた、この駒のスケッチ図で”金”と読
み取れる字の書かれた面の、写真として撮影す
ると、以下のような姿に写る出土駒の事である。

汚れ歩兵表.gif

 明らかに、写真として撮影すると、”金口”
には、全く見えないと、私は考える。本ブログ
では、写真の赤丸の部分だけが本物で、残りの
模様は全部、汚れだと解釈し、よってこの出土
駒を、”汚れた歩兵駒”と、今までブログ内で
呼んできた。
 この写真とスケッチが、全くズレている証拠
としては”天童の将棋駒と全国遺跡出土駒”の、

スケッチと写真が、逆に対応付けされている

事からも裏づけられる。つまり、
この将棋駒の、どちらの面を絵で書いたのかが、
天童市将棋資料館の、担当者にも判らないほど、
スケッチが、写真に比べてかけ離れているとい
う意味である。そして問題なのは、上記の写真
の面をスケッチしてさらに、それを観察し、”
この駒のオモテの面は、金将かもしれない”と、
私には、訳が判らない判断を、成書の一部が、
又聞きと推定されるが、示唆している事である。
もっともそれは、以下に比べれば、害は無い。
つまり、もはや今では、中将棋の駒など含まれ
るはずは無いと見られる状況下で、反対面がど
うなっているものやら幾ら捜索しても、私には
実体が杳としてつかめない状況のもとにあって、

この駒が、成り飛車の金口かもしれないという、
前世紀末の見解の紹介が厳然と生き残っている

事である。
 持って回ったような事を、以上私は書いてし
まったが、

大昔の月面の裏側と違って、手軽に実体が確認
できると保障されているとすれば、以上のよう
な苦言は、発生し得無い

という性質のものである。つまり、
西暦1981年8月前後に、鶴岡八幡宮を訪問
した、故大山康晴永世名人ですら、薄くなって、
裏に”と”と、書いてあるのかどうか判らない、
大将棋の駒かもしれない、”不成り”歩兵駒と、
今問題にしている汚れた歩兵駒の確認も、残り
の3枚の出土駒と共に、出来たという記録が、
将棋世界の当時の巻頭写真の説明には見当たら
ないほど、ではどうなっているのかと思って、
調べようとしても、皆目判らないのが、そもそ
も問題だと言う事である。
 つまりは、もっとはっきり言うと、

本ブログの管理人ごときが”ではどうなってい
るのか教えてください”と言って、”簡単に”
現物を見せてもらえるはずも無い

のは明らかであると言う苦言である。
 むろん、問題にしている出土駒が、単なる、
普通の小将棋の駒で、将棋史の議論の大筋に係
わらないものであるならば、諦めも付くという
ものであろう。しかし、

鶴岡八幡宮出土駒の時代が、大と小将棋の時代
なのか、”大”が衰退して事実上、中と小将棋
の時代なのかは、根本的に重要

であり、本ブログでは、前者が正しいと見てい
る。そしてそれが、念のため現在でも更に精査
が、必要な段階であるという訳である。しかし
繰り返すが、そうであるはずが無いと、以前に
も増して疑われ出しているにも係わらず、根拠
を確認するのが、たいへん手間が掛かる状態の
中で、一部の前世紀末の成書に、問題の駒が、
成り飛車金口駒(か?)と書かれ、情報が相当
に広がっているのである。以上の点は、

本ブログが”大将棋の謎”を取り扱っている
以上、無視して通り過ぎる事が出来ない

問題点と見られるものである。よって冒頭に述
べたように、少なくともオモテ面に関して、
スケッチと写真とが大きくズレ、裏面の写真は
相当探しても、現物自体が見当たらないという、

不可解な状態の中で、裏面の事実認識を広報す
る、そのような前世紀の情報のコピーが、かな
り汎用な文献として存在している事自体目障り

だと感じられる。以上のような意味であると、
表現出来るという訳なのである。(2019/07/02)

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