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富山県中新川郡立山町辻遺跡の兵駒は”兵兵”か(長さん)

たいぶん以前に、平安時代末ないし中世の遺跡である
山形県の出羽国庁跡ともされる、城輪棚遺跡の成り今
崩し一文字兵駒は、仙台城本丸遺跡の成り不明一文字
兵駒と同類であり、

東北地方の方言の”ほへ”が”ほっひ/へ”になる
傾向があり、ノタノタ歩く兵隊を東北では連想する為

の改変との旨を、述べた事があった。なお、本ブログ
の管理人も、生まれは東北地方である。
 しかしながら最近、天童の将棋駒と全国遺跡出土駒
(2003)を見た所、富山県中新川郡立山町の遺跡、

すなわち東北地方以外でも一文字兵駒は出土している

事が判明した。今回は、この点について本ブログの見
解を述べる事を目的とする。結論から述べると、

この駒は、歩兵であり、兵はひょっとすると汚れ

の可能性があると見られる。
 では、以下に詳細に述べる。
 この遺物は、奈良東大寺の荘園が広く広がっていた
とされる、平安時代から近世の遺物が発掘される遺跡
群の中にあり、たまたま鎌倉時代の遺構の中で、西暦
1987年頃に発掘された将棋駒との事である。
 天童の将棋駒と全国遺跡出土駒(2003)の写真
を見ると、一見して

”兵口”と読める。

つまり、出羽国庁跡ともされる、城輪棚遺跡の成り今
崩し一文字兵駒と異なり、裏が汚れていて良く判らな
い点も違うが、どちらも兵には違わないが、富山県

中新川郡立山町辻遺跡の兵は兵の字が上に寄っている。

 はっきりしないのだが、天童の将棋駒と全国遺跡出
土駒の、やや不鮮明な写真をよく見ると、
もう少し大きな”兵”が上段の兵とは別に下段に書い
てあるようにも見える。更に、多少の想像を加えて観
察すると、辻遺跡の兵駒は、

乱雑な”歩兵”という字と、比較的整った上寄りの兵
の字が重なって、書いてあるようにも見える駒

である。
 以下は単に私の見方だが。

兵と普通に読める方は、汚れが付いた偽文字

なのではないか。つまり、この駒は

普通の歩兵なのではないかと、疑われるという事

である。むろん、写真も不鮮明だし、もともと兵の字
も薄いので、以上は確定的では無い。今の所本ブログ
では、以上の見方を踏まえて、

富山の辻遺跡の”兵”は、はっきりしない

と以後、暫定的に表現する事にしたい。(2019/07/24)

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