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将棋の起源の橿原考古学研酔像木簡に酔象酔酔酔像酔像(長さん)

 以前、成書の”持駒使用の謎”や”解明:将棋
伝来の謎”の橿原考古学研究所出所写真の、西暦
1058年物、興福寺酔像木簡の成書への転載写
真等”既存情報では、酔像酔像とされる文字の最
初の、像が象としか確認できない”旨を述べた。
なおその他、スケッチについては同じく成書の、”
天童の将棋駒と全国遺跡出土駒”にも記載が有る。
 さいきん、別の成書である、増川宏一氏著書の、
”将棋の起源”(平凡社 1996)に、同じ写
真が、この成書にも転載されているのを見たが、

今述べた4冊の中で、一番写真のコントラストが
良い

のを発見した。結論を述べると、

酔像酔像の1つ目の像を、本ブログの管理人もよ
うやく確認した。

 結論は以上だが、以下にもう少し補足説明する。
表題の”酔象酔酔酔像酔像”のうちの、

酔象酔酔は後半の酔像酔像の直ぐ右列に記載され

ている。そして、以前の本ブログの主張は、前半

酔象酔酔の象を、後半の酔像酔像の最初の像と交
換して、繋げて読んでいた

という事情での誤りだった。
 しかも、酔象酔酔はこの通りに

書いて無い。

 判りやすくデウォルメして表現すると、
酔象の象と、酔酔の最初の酔とが重なっていた。
そのため象のような酉のような字、つまり
”クかんむりに、酉と書いた存在しない漢字”を、

象と私が読み間違えていた

のであった。何れにしても、この木簡に像では無
く、第3の”象”が、更に別に有ったとしても、
証拠は微かだ。右行は、

”酔象(トルツメ)酔酔(改行)”

なので、象は酔と重ね書きされてしまい、象かど
うか、曖昧なのである。
 他方”酔象(トルツメ)酔酔(改行)酔像酔像”
の、左列後ろから3番目の像は薄かった。
そのため、成書の”持駒使用の謎”や、
”解明:将棋伝来の謎”の橿原考古学研究所出所
写真の、西暦1058年物、興福寺酔像木簡の
これらの成書への転載写真等では、”↑”にも見
えるニンベンだけが残り、ツクリの象は消えるか、
持駒使用の謎のスケッチ図では、右行の
”クかんむり酉”と干渉して変形し、正確には読
めなかったという事である。
 何れにしても、より鮮明な、
橿原考古学研究所提供写真の、西暦1058年物、
興福寺酔像木簡を、成書”将棋の起源”で転載し
てくれていた

増川宏一氏には、心より感謝

したいと私は考える。(2019/07/25)

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