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web上インドチャトランガルールと本ブログが違う訳(長さん)

 現在web上では、インドチャトランガの説明として、
アラブまたはイスラムシャトランジの駒の動かし方で、
兵の成りが、相手の一段目初期位置対応駒のバージョン
との記載が多い。wikipediaには、その
ルールをも紹介した上で、”『時代によりルールは異な
り、今のは一例』との説がある”と断り書きがある。
インド・チャトランガのルールを、紹介しているサイト
は現行数箇所あるが、wikipediaの、今述べた
シャトランジ型のルールと同じ物を書いた上で、出所を
きちんと示したものは、今の所見当たらない。なお、
浅学の私には、今述べたweb上の、数箇所の日本の
サイトの

彼らの記載のゲームの、元文献に心当たりは無い。

本ブログでは、岡野伸氏の”世界の主な将棋”の表現に
合わせて、今述べた、日本の一般サイトの、”インド・
チャトランガ”を、

インドのシャトランジ

と表現している。この表現は、大内延介氏の、”将棋の
来た道”の巻末一覧表とも同じものである。
 次に、日本のサイトでは余り見かけないが、wiki-
pedia(日本)の、象を飛龍型ではなくて、銀将で
示したバージョンを、

インドの今に残るチャトランガ

と本ブログでは表現している。
 つまり本ブログの言う、”インドの古型チャトランガ”
は、玉、猫叉、銀、八方桂、飛車一段型の”インドの今
に残るチャトランガ”とは全く別の物である。なお、や
やこしいが、大内延介氏は、”将棋の来た道”で、
本ブログの言う上記の”インドの今に残るチャトランガ”
を、”古代インドチャトランガ”と、巻末一覧表で記載
している。つまり大内氏は、古代のゲームだと思って
いるようだが、

本ブログの管理人は、そう思って居無い

という意味である。
 更に本ブログでは、インドの今に残るチャトランガは、
日本の小将棋が痕跡として残す、インドの古いルールの
ゲームの事だと、ここでは思って居無い。

何故なら”インドの今に残るチャトランガ”は、平安小
将棋より新しいと、本ブログでは認識

しているからである。
 そこで、我々の言う”インドの古型チャトランガ”と
は何物なのかであるが、ものと人間の文化史110チェ
スで、増川宏一氏が紹介している、

”ユディヒシュティラとヴィアーサの38条”から解読
される、ニ人制チャトランガのルールを指す

という事である。これは、一段目が玉将、近王、角行、
桂馬、飛龍のルールになっている、2段組8×8升目、
32枚制のチェス類のゲームの事である。
 なお、解読結果は、本ブログの2017年09月09
日から10日の所に示した。が、ものと人間の文化史
23-1、将棋Ⅰ、34ページの、増川宏一氏の解読と、
駒の動かし方ルールに関して、本ブログの解は一応一致
している。この2人制チャトランガは、幾つかある、
アラブ・コラズムの天才科学者、アル=ビルーニー
(970-1038)のインド旅行記に書かれたルール
と、桂馬部分以外一致している。
 増川宏一氏は、将棋Ⅰを書いた時点で、バールフート
の彫刻を紀元前2世紀の、四人制チャトランガの絵とし
ていたので、象が角行のチャトランガは、紀元前のもの、
飛車が9世紀初、銀将がより新しい11世紀の物と、
将棋Ⅰの72ページ付近で記載している。
 本ブログでは、”ユディヒシュティラとヴィアーサの
38条”ルールは、アル=ビルーニー(970-103
8)のインド旅行記の頃のものだと、今の所見なして、
11世紀。更に、象が飛車の動きは、南詔の始原原始
平安小将棋と同じ、宝応将棋の時代のものであるとして
9世紀初。象が銀将は、これら2タイプより、より新し
いものだと、考えている。つまり、インドに於いて、

象は飛車(西暦800年頃)→角行(1000年頃)→
銀将(それ以降。含今に残るインドチャトランガルール)

と変化した、本ブログではみているのである。
 本ブログの言葉の使い方は、以上のように増川宏一氏
の成書に大きく依存しており、電子媒体で主流の、
web版”インドチャトランガ”の言葉使いを、今の所
していない。以上の点に注意が必要である。
 そして以下のように、インドのシャトランジを、あた
かも日本の平安時代程度のものであるかのように、誤解
してしまうと、

本ブログで言う”インドの古型チャトランガの大臣駒は
金将動きであって、猫叉では無い”という議論を理解し
ようとする局面で、大きな障害を生み出す。

言葉の定義が違う事が判らないと、この議論が、全く判
らないはずである。つまり、大臣は

猫叉ではなくて、インドで11世紀には金将に近かった

のである。日本の将棋が、インド古型を宿すという言い
方をするとき、今の事柄がわからないと、本ブログが何
を言っているのか、

全く理解できないので、注意が必要

と考える。
実は、”ユディヒシュティラとヴィアーサの38条”の
解読で、西暦2017年09月09~10日の本ブログ
で、14条と19条から、

大臣駒は、金将や酔象や熊目の動きの類の、近王型の駒
であると導かれる

と解したのであるが、増川宏一氏の将棋Ⅰの34ページ
には、この事が露に書いてないので、注意が要る。
 ユディヒシュティラとヴィアーサ・チャトランガでは、
”相手王位置に達した兵は不成り”と、第14条に記載
され更に、”相手大臣駒位置に達した兵は、成りとして
王に成って、第5の王が発生する事”が、暗に第19条
に記載されている。以上の点の理解が、

日本の将棋の将系列駒の発生の起源を読み解くのに必要

なのである。つまり、中世にグローバル標準化した、
他の国のチェス・象棋では、イスラムシャトランジに習
い、大臣は、インドの古型の金将から猫叉駒化して、

玉将、金将、銀将系列という、駒系列を作るという考え
方自体が、ほぼ消失していて、存在し無いという理解が、
日本の将棋の特質(中国雲南省で発明)の理解にとって、
とても大事

だというのが、本ブログの主張となっている。
 本ブログの、増川宏一成書を使って作った、本ブログ
内特有の言葉の定義に関しては、今回述べた事柄が、今
の所、

最重要なポイント

であるように、私には見える。(2019/08/15)

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