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木村義徳将棋世界94-11弱シャタルは平安小将棋類(長さん)

以下、将棋史研究家で元将棋博物館館長、日本将棋
の将棋棋士、木村義徳氏発掘のモンゴル将棋、
弱シャタルが、他のシャタル、ヒャーシャタルとは、
系統が違うという、話題について述べる。結論から書く
と、本ブログの見解だが、

このシャタルは、モンゴル帝国が、己の征服した、
大理国の財宝を略奪等して、金塊銀塊盤盛将棋であ
る、大理国将棋をまねて作った、モンゴル帝国版、
原始平安小将棋や大理国将棋類の可能性がある

という事になる。
 なお別のシャタル等は、イスラムシャトランジの
変形であり、西洋チェス化したもの。特にヒャーシャ
タルは、西洋チェスに、隣接通過駒を四天王のよう
に凍らせる、白象駒、ヒャーを加えた、近世のモン
ゴルオリジナルゲームと考えられる。
 では、以下に論を続ける。
 木村義徳氏の紹介した、モンゴルの弱シャタルは、
将棋世界1994年の11月号に、西洋チェスと
ほぼ同じルールの、強シャタルと共に、紹介がある
と、岡野伸氏の”世界の主な将棋”に書かれている。
 本稿を書いている時点で、オリジナルの木村氏の、
将棋世界の記事を、本ブログの管理人は読んで居無
い。岡野氏からの紹介の、

又聞き状態である。

 何れにしても、

大切なのは、駒の動かし方ルールの内容と本ブログ
では見る。

 すると木村氏紹介の”弱シャタル”は、いわゆる
モンゴルの”シャタル”とはかなり、ルールが違っ
ていて、岡野氏の世界の主な将棋で、以下のように、
紹介されている。
 配列は西洋チェス型である。
玉は玉将、大臣が大大将棋の近王、象が駱駝という
名称に変わり、猫叉動き。馬が八方桂馬。車が後退
できる嗔猪。兵は西洋チェスのポーンと同じである。
大切な事は、

ポーンが段奥で、近王動きに成って、モンゴル帝国
が収奪した、黄金駒を使う将棋になっているらしい

という事である。
 以上の事から、

大臣が近王型であるから、日本の平安小将棋(特に
8升目型)の類

だと一応推定できる。ちなみに、歩み駒のうちの、
大臣、駱駝、車の各方向の歩みを、走りに変えると、
西洋チェスとも同じになる。だから、

このゲームは、モンゴル帝国とは関係の無い、近世
の作り物の話の可能性も、完全否定は出来ない。

 モンゴル帝国を持ち出す根拠としては、次の点が
挙げられる。すなわち象が角行ではなく猫叉、馬が
桂馬ではなくて八方桂なのは、

象よりモンゴル帝国では、騎馬隊が戦争で活躍した。

ので、イスラムの天文学思想も受け入れ、イスラム
世界そのものを飲み込んだ上で、元王朝は授時暦を
作り上げると共に、イスラムシャトランジの八方
桂馬を取り入れ、象と強弱を取り替えたと考えれば、
何故、こんなゲームが有るのかに関しては、

一応説明はつくという事

だ。そのようなゲームを発明したのが、元王朝内の、
被征服国から奪った財宝で、将棋を指す事ができた、
王朝内のゲーマーや、ゲームデザイナーだったとい
う事は、一応疑えるように、私は判断する。
 ポーン動きの兵駒が、少なくとも相手陣奥で近王
成りだとすれば、だいたいの所は、ゲームの流れは

平安小将棋と同じ感じになる

と言う点が、ミソである。つまりそうだとすれば、
木村義徳氏発掘、将棋世界1994年11月号の
モンゴル弱シャタルも、イスラムシャトランジ型と
言うよりは、日本の平安小将棋型の、発想のものと
いう事になるように思う。
 つまり、その弱シャタルは、次のような初期配列
だが、

弱シャタル初期.gif

 指し進めると、次のような指し掛けの図になって、
図で成ポーンと表示した、近王残りの、金塊盤盛り
将棋になるのではないか、という意味である。

弱シャタル指掛.gif

 なおこの局面では、裸王にされたら負けとすれば、
後手(金色の側)の勝勢の局面である。
 よってモンゴルのシャタルは、聞き取り相手にとっ
て、内容が一定でないばかりか、

素性そのものに、別々のものが入り混じっている。

そんな可能性も、一応疑うべきかも知れないと、私
は、木村義徳氏の弱シャタルの紹介の話を聞いて、
一応考えるようになったのである。(2019/08/18)

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